バックパッカーたち
―ノイシュヴァンシュタイン城ー

-1-

ザックを担いでホテルを出ると、九時前にミュンヘン駅に着いた。
列車は十一時前にフュッセン駅に到着した。ここから名高いノイシュヴァンシュタイン城を訪ねるためだ。
この城は白鳥の岩の城という名の示す通り、白い塔が白鳥の首のように長く伸び、美しい城郭が渓谷の山並みに聳え立つ。眼下には大きなアルプ湖を一望できる。神秘的な城として知られ、ディズニーランドにあるお伽の城のモデルにもなっている。誰でも一度は訪れてみたいと思う、世界でも屈指の名城である。

ノイシュヴァンシュタイン城ロマンチック街道の南端にあるこのフュッセンの町は、オーストリアと国境を接し、アルプスを超えると、イタリアのローマに通じる。夏は多くの観光客で賑うため、私はこの町に早めに着いて安いホテルを確保したかった。
駅に着くと、いつものように先ず明日の目的地までの乗り継ぎ列車を調べる。駅のサービスコーナーでは、目的地のシュトットガルトまでの列車の発着時間、乗り換えの連絡列車の到着ホーム番号まで、コンピューターで難なく打ち出してくれた。午前と午後の幾つかの時間帯の予定表をもらう。これで明日の都合によって、好きな列車に乗る事ができる。
山小屋風の駅の前には、城へ向う観光客が列を作ってバスを待っていた。
今晩泊まるホテルを探すため、インフォメーション・センターを訪ねる。旅のガイドブック「地球の歩き方」にある地図を辿って駅前の道を左に真っ直ぐ町の方角に行くと、最初の交差点の先にあった。観光の町だけあって、立派な近代的な構えの建物だ。
宿泊案内のカウンターに行くと、大柄で美しいドイツ女性がにこやかに迎えてくれた。彼女は訪問客の要望を聞きいて二三確認の質問をすると、コンピュータの端末を操作して客の希望に沿った安い一人部屋のあるホテルを数軒リストアップした。カラー刷りでホテルの写真が付いた週刊誌大の立派な冊子を渡し、町の地図を示しながらホテルの所在を教えてくれる。美しい庭のある民宿と他に二軒のホテルを紹介してもらい、早速すぐ近くにあるホテル・エリザベスを訪ねることにした。
交差点の角を右折し、住宅街に入った道路沿いにこのホテルがあった。庭を土塀で囲った民家には、入口の鉄格子の上にある小さな看板にベッドの絵がついており、空室があることを示している。
門をくぐると、良く手入れの行き届いた芝生の広い庭と、色とりどりの美しい花の咲いた花壇があった。その横を通り抜け、三階建ての瀟洒な家に着く。
「グーテン・ターク」
入口に取り付けられたブザーを押し、扉を開けて、私は大きな声で家の中に向って呼びかけた。
家の中から返事が聞こえた。声の方角に地下室があり、洗濯室になっていた。大柄で角張った顔つきの年配のおばさんがシーツを洗濯している。
「今日は。一人部屋は空いていますか」私が階段の下の方に向かってドイツ語で尋ねた。
「よくいらっしゃいました。日本人の方ですね。お一人ですか?」
おばさんは洗濯の手を休めると、無表情な顔だけこちらに向けて見上げながら日本語で言った。
「一人部屋は、三階の十四号と九号の部屋があります。気に入ったほうを使って下さい」
少しぎこちない発音だが、しっかりした日本語でそう言うと、また忙しそうに洗濯にかかった。週に少なくとも一人は日本人の客があるので、日本語も覚えたという。
階段は、ぎしぎしと音をたてた。この家は外の見かけほど新しくはないようだ。三階にある九号室は小さいが、入口方向の庭に面した窓が気に入った。四畳ほどの大きさのこの部屋には、シングル・ベッドと入口の右側に古びた木製の粗末な衣装棚があり、左手には鏡と水道の蛇口がついた洗面台があった。ベッドのシーツは真っ白で清潔だった。
トイレと浴室は兼用で一階にあるため不便だが、朝食付きで一泊五十二マルク(四千円)である。手ごろな部屋を確保できて、ひとまずは安心だ。
ザックをベッドの上に下ろし、汗にまみれた二日分の下着を取り出し、陶器製の洗面器に入れ、水に浸した。水の冷たさが手に心地良い。一気に飲み干したコップの水が火照った喉を潤した。山の湧き水で、適度にミネラルを含んでいるのだろう、とても美味い。
小袋の洗剤半分を洗濯物に注ぎ、汚れを落すため夕方まで浸しておく。
「九号室に泊めてもらいますよ」
おばさんに声をかけて、私は外に出た。
インフォメーション・センターの前にある通りの反対側は、ノイシュヴァンシュタイン城に向う道と並行して、幾つかの道路が通っている。この界隈は、いわばこの町の銀座にあたり、ホテルやレストラン、土産物屋が軒を連ねている。十五分ほどで街並みを一巡し、軽い昼食を取るのに適当なイタリア風のレストランを見つけた。イカのフライをつまみにビールを飲んだあと、入口で売っていた焼きたてのソーセージのサンドイッチを食べながらバス停まで歩いた。
バスは間もなくやって来た。すぐに観光客で満杯になり、ノイシュヴァンシュタイン城のあるホーエンシュヴァンガウ村へ向った。フュッセンからは約四キロで、歩いても行けるという。帰りは田園風景を楽しみながら歩きたいと思い、バス道をしっかり覚えるために窓の外の景色を注意しながら眺めた。町の境界にある幅五十メートルほどのレヒ川を渡ったバスは、田園風景の広がる道を通りぬけた。間もなく山の緩い傾斜の上り道に変わると、バスはまたたくまに目的地に着いた。
村には観光客用の立派なホテルが山道の傾斜に沿って軒を連ねていた。坂道を少し登ると、右上の丘にオレンジ色のホーエンシュヴァンガウ城が聳えているのが見えるが、今回は時間の都合で行けない。
この城を右手に見ながら、急な坂道を左方向に進むと、馬車がゆったりと通れるほど広い登り坂の林道になった。その昔、ノイシュヴァンシュタイン城に行く人達が馬車で登った道だ。歩いて登るには少しきついが、三十分ほどで馬車道の終点に着いた。
更に少し登ると、白い城郭の横に出た。「ああ、とうとうこの憧れのノイシュヴァンシュタイン城にやってきた」と、濃い緑の森林の中に屹立する白い城を見上げる。
坂を少し下った所に土産物屋があり観光客が小物のみやげ物を物色している。この横に入城券売場があり、待ち時間 "六十分"と掲示してある。売場では切符を求める長蛇の列が、柵に沿って帯を畳んだように並んでいる。
私も迷わず列に加わった。しかし炎天下で一時間も待たねばならない。幼い子供連れの母親が、気分を損ねた子供をあやしながら、父親に不満をぶつけているが、諦める様子もなく、我慢して待ち続ける。ようやく一時間程過ぎて、切符を手に入れた。
やれやれこれで涼しい城内へ入れるものと坂の上にある城の入口に辿りつく。ここでも入場者が長い列を作っている。
世界中からやってくる観光客のため、城内の案内を五カ国語に分けて行うからだ。ドイツ語、英語、フランス語、日本語それにイタリア語の五つの列が、ロープで区切られた区画の中で行儀良く待っている。
日本語の列の前で待っていたのは台湾の団体だった。
「こんな炎天下で長時間待たせるとは、酷いものですね」私は時間つぶしにと思い、前にいる中年の女性に、日本語で話しかけた。
 愛想の良さそうな彼女が、福建語らしい言葉で日本語は分からないと言っているようだ。私が英語で言いなおすと、横にいる若い女性が話しに乗ってきた。
「せっかく台湾からやってきて、いまさらあの佳麗な城内を見ないで、引き返すわけにはいかないわ」
「しかも、山道を登ってきて、入城券も手に入れたことだしね」もう一人の若い女性が言った。
三十度を超える太陽の下で待たされるが、逞しい観光客たちは、目前に迫ってはいてもなかなかやってこない順番を忍耐強く待った。
「あなたたちは、英語が上手だし、本当は日本語よりも英語の案内の方が分かりやすいでしょう?」私が訊ねた。
「私たちは、日本語は殆ど分からないけれど、日本語のグループと一緒にいたほうが気楽だわ。同じアジア人だし、英語の列に連なって、欧米の人たちと一緒にいるよりはね」
そうそうと他の台湾人も相槌を打った。
英語、フランス語、ドイツ語の三十人ほどのグループが順番に入城し、一時間が過ぎたころようやく日本語の列の順番が廻ってきた。ドイツ人女性のガイドが心配そうに観光客の様子を眺めていたが、担当のグループの順番がまわってきたのを見て嬉しそうに笑顔を綻ばせながら、日本語で案内に当たった。

ひんやりとした城内に入り、観光客は皆ほっとした様子だ。録音テープの案内に従って、一つ一つ部屋を移動する。城主ルードヴィッヒ二世が心酔したワーグナーの歌劇に因んで名付けっれたローエングリーンの部屋、タンホイザーの部屋、トリスタンとイゾルデの部屋、王の在任中は未完成のため使うことのなかったという最上階にある謁見の間を、ゆっくりとスピーカーから流れる日本語の解説を聞きながら見物した。歌劇にちなんだ奇怪な洞窟の通路はやや悪趣味だなと感じたが、最後に城の住人や賓客をもてなす厨房は、水を汲み上げる設備や大小の炊事道具が並び見事なものだった。
 別行動を取る事ができないので、長い解説に飽きると、窓の外の素晴らしい湖の景色を眺めた。入城の待ち時間でうんざりし、贅を尽くした城内を巡ると、この城主の狂気が迫ってくるように感じられた。
バイエルンの国王だったフリードリッヒ二世は、ワーグナーを援助して歌劇に凝り、この城の築城に莫大な金をつぎ込んだ。しかし政治には無頓着だったために破産し、眼下に見える湖で変死を遂げたという。
一時間足らずの見物を終えて、場外に開放された。ともあれ囚われの身を開放された心地でせいせいはしたが、ノイシュヴァンシュタイン城のあの美しい外観を一望したい。
城の裏側に廻り、山道を少し歩くと渓谷に吊り橋が架かっており、観光客が群がって城を背景に写真を撮っていた。ここからは写真でお馴染みの湖を背後にした美しい城の全景が眺められる。吊り橋の中央へ行き、カメラのシャッターを何度も押した。
美しい城を見物できて、遠来の観光客達は一仕事を終えたような気軽な気持ちになり、賑やかにしゃべりながら山を下った。
山麓のバス停ではバスを待つ人達が列を作っていた。
私はそのまま歩いてフュッセンへ向った。車道と並行する遊歩道は、並木で隠れている。歩行者やサイクリストが車の煩わしさを避けるための配慮である。幅三メートルほどのこの道を、時々自転車に乗ったサイクリイストが行き交う。歩くには快適だ。ドライブの途中なのか傍らの草むらで休憩している二人の尼さんがいた。
「フュッセンへ行く道はこれで良いのでしょうか」私が訊ねた。途中で引き返す事になってはたいへんだから、確認したかったのだ。
「まっすぐお行きなさい。フュッセンにつきますよ」
灰色の頭巾と僧衣を纏った年上の尼さんが優しく微笑んで教えてくれた。
道は間違いなくフュッセンに向っているが、夕方の知らない土地のせいか四キロの行程が倍はあるかと思われるほど長く感じられた。
やっとレヒ川の辺りに辿り着いた。川には車道から少し離れてハイカー専用の橋が懸っていた。川は山から流れてくる薄い乳白色を帯びた濃青の水を湛えて、ゆっくりと湖の方向に流れていた。川を越え、町の古い城壁を通りぬけて、昼に通ったフュッセンの町へ戻った。
ホテル・エリザベスに戻ると、浴室のシャワーで一日の汗を流した。部屋にある洗面所の洗濯物を洗い、小さな部屋のあちこちに針金のハンガーで吊るした。明日の出発までに乾かなければ、次のホテルに着いてから乾かせばいい。

-2-

今日の日程は無事にこなし、やれやれとベッドに横になった。ヨーロッパの夏は昼の時間が長く、夕暮れは九時過ぎにやってくる。
一時間ほど昼寝して目が覚めると、気持ちよく疲れがとれていた。
明日は朝早くレヒ川沿いの歩道を散歩して、午前十前の列車でシュトットガルトに行くことにしよう。夕食の前に、駅で列車の時間を確認したいと思った。
駅に着いたのは六時半頃だったが、表玄関はもう閉まっていた。裏口に廻ると、日本人らしい若い女性が、扉の横にザックを下ろして、一人で座り込んでいた。裏扉も閉まっており、田舎町の駅の職員は、仕事を終って帰宅したようだ。
「まいったな、列車の時刻表を見たいんだが」私は思わず呟いた。
「時刻表なら駅のホームにありますよ」
傍らの女性が、気さくに日本語で教えてくれた。
ふと顔を見合わせと、まだ童顔の面影を残した二十才くらいの可愛い女の子だった。
「どうしたのですか、列車を待っているの?」私が訊ねた。
「ホテルを探したのですけど、どこにも空き部屋が見つからなくて、駅で野宿をしようかと思っています」
私はびっくりした。いくら治安が良いドイツとはいえ、女性が一人駅で野宿するのは棄てておけない。聞いてみると、彼女は自由に何回でも乗れるユーロ・パスを使って弟と二人で旅行しており、経費は出来るだけ節約するためにユース・ホステルや安いホテルを利用しているのだという。イタリア旅行を終えて午後遅くこの町に入ったが、どのホテルも観光客で満室なので、疲れた姉を駅に置いて、弟が一人でホテルを探しに町へ行っているとか。
「フュッセンはこの時期は観光団体でほとんどのホテルが満杯でしょう。城下町のシュバンガウ村まで行けば、ホテルは沢山ありますよ」
ドイツ語の分からない彼女のために、先ず次の城下町へ行くバスの時間を調べなければならない。駅の表に廻り、バス停に掲示してある時刻表を調べた。バスは、六時半が最後だった。
すぐ横でタクシーが一台客を待って駐車しており、窓を開けて運転手が退屈そうに運転席に坐っていた。
「お城へ行くバスはもうないのですネ」
私が尋ねた。
「バスは六時半が最後だよ」運転手は胡散臭そうに言った。
「乗り継ぎのバスでもないのかしら?」
私は更に訊ねた。
「他の町へ行くバスを乗り継げば、行けない事はないけど…。だけど、わしには関係ないんだよナ…」迷惑そうに、運転手が答えた。
タクシーはバスと商売が競合するから、訊ねられても応えたくないのだろう。
「ホーエンシュバンガウ村にはホテルは沢山あるから、きっと空き部屋もあると思うんだけど。あそこまでタクシーだったら幾らするかな?」
「あそこなら空き部屋はいくらでもあるだろうさ。車の料金は四十マルク、十分もかからないで行けるよ」
大体の様子はこれで判断できた。ドイツ語の分からない日本人の彼女たちが初めての土地で、夕暮にバスを乗り継いで目的地に行くのは不安だろう。シングルのホテル料金程度のタクシー代を払へば目的地には着ける。しかし、彼女たちが希望するような安いホテルが見つかるかどうかは疑問だ。
駅の裏では、彼女が不安そうに待っていた。いつの間に現われたのか、よれよれの上着を着て無精ひげを生やした中年の浮浪者風の男がうろついて、彼女の方をちらちら眺めている。赤頭巾ちゃんをオオカミに獲られたら大変だ。わたしは彼と歩調を合わせるようにして、ホームの近くにある時間表のところまでゆっくり歩いた。
「駅はもう締まっているけど、ミュンヘン行きの列車はまだあるナ。今からでも行けるから心配ないね…」
私は彼を牽制するように、ドイツ語で話しかけた。
「列車はまだあるさ…」男は、もそもそときまり悪そうに答えた。
ドイツ語を話す男がついているとなると、相手は日本人だし舐めてはかかれない。このお嬢さんをカモにするにはヤバイと思ったのか、男は間もなく構内から消えた。
「バスにはもう間に合わないけど、タクシーで行けばシュヴァンガウ村のホテルは見つかると思うよ。ただ、タクシー代が要るし、観光客相手のホテル代は安くないだろうから少しお金はかかるかもしれないね…」わたしは彼女に説明した。「クレジットカードは持っていますよね。こういう場合は、やはり安全のために、少しは高くてもホテルに泊まるか、あるいはミュンヘンまで列車で行ってホテルを探す方が無難だと思うよ」
「そうですね…」
彼女はうなずいたが、初めてのドイツで他の町の事を聞いても実感が湧かないのかもしれない。
「ミュンヘンまでは二時間で行けるし、ユーロ・パスを持っているということだから乗り物の費用はかからないでしょ。ミュンヘンの駅の近くには安いホテルはいくらでもあるし…」
昨夜私が泊まったホテルの大体の様子を説明してやった。
そこへ、ザックを背負った少し大柄の二十五才くらいの女性がやってきた。お互いに日本人であることを確認すると、仲間を見つけてほっとした様子で、彼女が言った。
「遅く着いて、お城にはまだ行ってないのよ。それよりも今日泊まるホテルが見つからなくて。ユースにはもう部屋はないし、いくつか当たって見たホテルは空き部屋が全然なくて、取りあえずここへ帰ってきたの…」
今度は小柄な若い大学生らしい日本人の青年がやってきた。彼は先の女性の弟だった。
「この人がいろいろ心配して調べてくだざってるのよ…」姉が、私に弟を紹介した。
「姉さん、ようやく二人部屋が一つと、三人部屋が一つ見つかったけど、ちょっと料金が高いんだ。どうしようかと思って、取りあえず相談しに帰ってきた」弟が姉に報告した。
「この人もホテルがないと言うから、どうでしょう三人部屋で一緒に泊まってもらえれば、解決すると思うけど。割り勘にすれば費用は安くなる。こんな時は安全が第一だと思うよ」私は隣の女性を指して、青年に言った。
三人が解決策をめぐって嬉しそうに興奮して話していた。そこへまた一人アジア系の女性がやってきて、黙って駅の軒下に座り込んだ。
二人の姉弟は納得して、困った時はお互い様だからと、三人が百二十マルクの部屋を借りて割り勘にする事に決まった。さて出かけようかとザックと取り上げながら三人は、横に坐っている到着したばかりの日本人かもしれない女性に気が付いた。
彼女は次の列車を待っているのか、ホテルが見つからないで駅に帰ってきたのかわからない。
「あらこの人も、一緒に…」姉弟と同宿することになった女性が言いかけた。
「そうそう、ホテルは三人部屋だったわね…」と呟くと、二人の女性は黙って横を向いた。
誰もこの後から着いた女性には話し掛けなかった。余計に世話を焼かない、バックパッカーの暗黙の掟なのだ。私は、今日の善意通訳はここまでにする事にした。
(…逞しいバックパッカーの日本のお嬢さんたちよ、くれぐれも安全を祈る)と心に念じながら、私は別れを告げた。
「じゃ、気をつけて、元気でね」
わたしのうしろからゆっくり歩いてくる三人はもう友達のように打ち解け、明日のお城見物を一緒にする計画を賑やかに話し合いながら、途中でホテルの方角へ別れて行った。
夕暮れまでにはまだ時間がある。
私は手ごろなドイツ料理とうまいモーゼル・ワインのあるレストランを探しに町へ向かった。

(1998/10/16)

UpBackHome

この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。

Copyright© Polyglot Plaza 1997. All Right Reserved.
Updated February 28, 2002