文明の衝突

ザルツブルグザルツブルグを十一時五分に発車する特急列車に駆け込むと、指定席車両だった。急いで自由席のある車両に移動する。通路を隔てたコンパートメント(仕切り客室)の反対側に一対の向き合った空席があった。向いの席にザックを置き、進行方向を背にして坐る。乗車券の検札は出発後必ずやってくる。この時すぐにジャーマン・パスを取り出して、車掌に見せられるようにザックを身近に置いておく。乗車券とパスポートは、長い旅では何回も出し入れする。紛失を防ぎ、またとっさの場合にすぐ取り出せるように、ザックの内ポケットに入れることに決めて、必ず南京錠を掛ける。これは盗難防止のパックパッカーの知恵だ。
一つ後の席には、中年の紳士がドイツ語の雑誌を広げて読んでいる。彼は前の席には荷物を置いている。他の乗客に進入されない自分のプライベートな空間を確保し、快適な旅行を静かに楽しむための旅行者の習性だろう。
私の横のコンパートメントに、三十前位の女性が慌ただしくやってきた。指定席の番号を確認すると、大きなザックとバック、それに紙袋を三つの席に置いた。彼女は窓側の席に坐り、ほっとした面持ちで通路を隔てた席の客を眺め、私と視線が合った。
ブロンドの髪を後ろに束ね、まあまあ旅の話し相手には悪くなさそうな程度の美人である。スイス人かドイツ人だろうか。
彼女も私の方をちらりと眺め、この乗客なら同じ先進国の文化を共有している日本人のようで、特に警戒する必要も無い、と安心した様子である。
時計を眺めると、発車まであと五分だ。二人の若いカップルが、切符を片手にやってくると、コンパートメントの番号を確認した。
「ああ、ここが僕たちの席だ」男がフランス語で呟いた。
女はイタリア人だろうか、目鼻の整った美人だ。先に席を占めている女性に声をかけ、三人は忙しく荷物を網棚に乗せた。先着の女が坐っている隣にある通路側の席に、若い女性が坐り、若い男はその前の席に坐った。二人のカップルは顔を見合わせて、やれやれ無事に席に就いた、と安心した様子だ。
先の女性は、せっかく確保できた空間を取られて、居心地が悪そうに顔を窓の外に向けた。
そこへ、どやどやと、数人の子連れのアラブ人の家族が入って来た。黒いネッカチーフをかぶった肌の浅黒い中年の女が、大型で布地の旅行鞄を引き摺ってきた。その後に、もう一つの旅行鞄を引きずって、小学校高学年くらいだが、大柄の少年がやってきた。二人は一緒にこの三十キロもありそうな鞄を持ち上げて、よっこらしょと網棚に乗せようとした。二人とも背が届かないが、苦労しながらもようやく乗せた。
私は、自分のザックを席から下ろして足元に置き、誰でも坐れるように席を空けた。
彼らは二つ目の荷物を、私の席のすぐ上にある網棚に載せた。幼い子供たちはその間に、空いている斜め向かいのコンパートメントに収まって、この様子を固唾をのんで見守っていた。
鼻ひげを生やした大柄の男たちが、自分たちの荷物を片づけ終わると、一行の様子を眺めにやってきた。そして、家族全員の席を確保するために右往左往しながら歩き回っていた。
荷物を網棚に上げ終わった少年が、私の顔を見てにっこりと笑い、私の前の空いている席にどすんと腰掛けた。
「とうとう、片づけちゃったよ」
得意そうに、アラビア語で呟いた。
「強いね、君は。どこまでいくの?」
「ミュンヘンさ。おじさんは日本人でしょ、どこへ行くの?」
「そう、私もミュンヘンだよ。約一時間半の旅だね」
列車が発車した。
少年は、仲間の幼い子供たちが呼ぶのに応えて、コンパートメントへ移った。子供たちは、さっそくこの楽しい列車の旅を、どうして過ごそうかと興奮しながら相談を始めたようだ。

「失礼してよろしいでしょうか?」
薄紫のスカーフで髪を覆った美しい女性が、わたしの前の席を指して英語で話しかけてきた。席を探しながら子供たちの様子を見ていた母親が、空いているこの席を所望した。
「どうぞ、どうぞ」私が笑顔を作って応えた。
この列車のあちこちに空席があるが、荷物を置いた先着の客は、他の乗客には無関心を装って雑誌を読んだり、窓の外を眺めたりしている。
安心したように席に就いたこの女は、三十才前後だろうか。ふっくらとした頬は白く、彫りが深い顔には濃い眉毛と大きな黒い目があり、鼻筋がやや太目の典型的なアラビア美人だ。
「日本の方ですね。西欧人ときたら冷淡で、旅行するときは気を遣います。日本人は本当に優しい人ばかりですね」
この席に、気持ちよく坐らせてもらったことが嬉しいようだ。
「空いている席は皆の場所ですから、誰でも坐れるはずですよ。そら、あちこち席が空いているでしょう」
「そうなんでしょうが、私たちアラブ人が坐らせてくれと言うと、あからさまに不愉快そうしますよ」
スカーフを被ったイスラム教徒は、すぐに区別が付く。イスラム原理主義者のテロ活動が頻繁にあるため、ヨーロッパではアラブ人は警戒されている。だが、スカーフを被っているからといって、観光旅行のアラブ人すべてを差別するのは、不条理ではないか。
「よく話せば分かってもらえますよ。西欧人は対話を尊重しますから、理不尽なことは言わないと思います」
「でも、実際には私たちがお願いすると、別の所へ行けといいますよ。不愉快だから人のいない別の所を見つけて、坐るようにしています」
そういえば先日、フランスのルアン市からパリへ向う列車に乗った時、車内はあちこちに席が空いていた。しかし空いた席には、若い女性が寝そべって占領したり、荷物を横に置いて、乗りこんできた客に率先して席を空けるものは誰もいなかった。そんな席を通り抜けて、私は若い男の隣に坐った。彼は居心地悪そうに、たばこをぷかぷかとひっきりなしに吹かし、携帯電話であちこち話したりと、やけに忙しそうにしていた。
「それに比べると、アラビアの人たちは礼儀正しいですね。旅人には親切だし、客をもてなすことにかけては、世界で一番思いやりの深い民族でしょうね」
横のコンパートメントでは三人が、興味深そうにこの東洋人とアラブ人の二人の様子を眺めていた。
アラブ人の一行が席に落ち着いたのを確認すると、一人旅の女性が小さなザックだけ手にして、席を立った。若い二人が醸し出す熱気に、居たたまれなくなって、食堂車へでも行ったのだろうか。
彼女が暫く帰ってこないことを知ると、大きなザックを前の席に移動し、女性は窓側の男が坐っている横の席に移った。すぐに二人は抱き合って、唇を交えた。
イスラム教徒にとって、男女が人前で抱き合うことなどは、タブーである。
私の前のアラビアの女性は、ちらりと二人を眺めると、何も無かったように、私のほうを向いて話を続けた。
「アラビアではよそから来た人を歓待するのは大切な礼儀ですからね」
「そうですね。昔、ヨーロッパから聖地に行った十字軍は、アラビアから最新の科学と、礼儀作法を学んで帰ったと言いますからね。アラビアの人たちは明るく陽気で、お客には"アハランワ・サハラン"と言って迎え、チャイ(お茶)やカフェを出して歓迎してくれます」私が言うと、女は誇らしげに頷いた。
髭の旦那が用事ありげに、横を通りすぎた。
奥さんが外国の男と親しげに話しているのが、気になるのだろう。イスラム教の戒律の厳しい国内では、既婚の女性が知らないよその男と親しく話すことは、許されない。奥さんは旅慣れているのか、外国でしか許されないこの特権を楽しんでいる様子だ。
旦那のそわそわした様子を知りながら、わざと無視するようにして話を続けた。
「アラビアのことをよくご存知ですね」
「以前、シリアに住んでいました。家内は、近所のシリア人の奥さんたちと、仲良くしていました。皆さんが非常に親切に、いろいろ面倒をみてくれました」
「アラビアでは、家族同志の付き合いを大切にしますからね。私たちの国のクエートでは、毎週の週末には年老いた両親の所へ、息子や娘たちが孫を連れて、皆で集まります。親族内の付き合いは、もっとも大切にします。日本の家族制度は、どうなっていますか」
「お国では良い伝統が守られていますね。大切なことだと思いますよ。日本でも昔は、両親を中心とした伝統的な家族制度が大切にされました。でも、戦後は経済中心の社会になり、今ではこんな良俗は殆ど見られません」
もっとも、クエートでは石油を掘って輸出するだけで生活できるから、日本のように仕事で遠くへ行って勤務する必要も無い。
「日本では、学校を卒業して仕事に就くと、職場が近くにあるとは限らないから、どうしても仕事中心になって、子供たちは親元を離れてゆきます。毎週、両親を囲んだ団欒を持つなどということは、殆ど無理でしょうね」
「日本は経済に強いし、素晴らしい工業製品が沢山ありますね。私たちの所でも日本製の電化製品や自動車などをみんなが愛用しています」
小さな女の子がやってきた。
「ねえママ、ディズニーランドへも連れてって」
横のコンパートメントにいる若い二人が、唇をくっつけ合ったまま抱き合っているのをちらりと見ると、無表情に席に帰って行った。
黒いスカーフを被った色黒の女性がやってくると、アラビア語で言った。
「いいわね、日本人のハビビ(可愛いい人)と一緒で。子供たちがパリのディズニーランドへ行きたいといっているけど、どうしましょう」
「子供と一緒にあなたも行くなら、私も行くわ。主人に相談してみるわね」姉御格の私の前の女が答えると、また私と話を続けた。
「日本は清潔な国だと聞いています。是非機会があったら、観光旅行に行きたいと思います。でも、私たちにとっては遠い所ですし、旅行はいろいろ難しいでしょうね」
「観光客は大勢やってきますから、不自由はありませんよ。日本人は外国人には親切ですからね。アラビアの人たちと同じようにね。」

子供たちはトランプを始め、興奮して大きな声を上げて楽しんでいる。
「もう少し静かにしなさいよ、みっともないでしょ」母親が子供を窘めた。「アラブの子供はあのように行儀が悪くて、ほんとに恥ずかしいです。ご迷惑でしょ?」
「子供はどこでも同じですよ。元気で、無邪気で良いじゃないですか。それに私は子供が好きだから、一向に気になりませんよ」私が子供たちのほうを見ながら笑って言った。「あの子はあなたの娘さんですか、可愛い子ですね」
「そうです、一番下の娘です。子供さんはいらっしゃいますか」女は安心したように、話を続けた。
「高校生の娘が一人います。マリアといいます」
「あら、わたしの娘もマリアです。私たちの国では、マリアという名前は女の子の間では一番人気があります」そう言うと女は、納得できないことでもあるように、首を少し傾げた。
(…高校生の子供がいると言うことは、この人は私より年上かしら、ひょっとすると三十五才、いや四十才かしら、見かけより年がいっているみたいだけれど)若く見えるこの東洋人を、彼女は自分と同じくらいに思っていたのだろうか。
アラブの男は厳しい自然の中で生活しているせいか、皺が多く老成して見える。
「男のお子さんはいらっしゃいませんか」
「シリアにいた時に生まれた男の子がいます、ハヤトと言います。日本語では元気な男の子と言う意味です」
「ハヤト、良い名前ですこと。アラビア語では、希望の人生と言う意味ですよ。元気な男の子には、本当に希望み満ちた人生がありますからね」
「アルハンドレラ(神の祝福がありますように)」私がアラビア語で応えた。
「息子は、今年で二十才です」私が答えると、彼女はまた首を傾げた。(…二十才の子供の父親ということは、この男は少なくとも四十五才くらいかしら、ひょっとすると五十才かもしれない)、と思ったのか、彼女は少しがっかりしたように意外な面持ちだ。
また、髭の旦那がやってきた。子供たちの話に加わって、いろいろ相談した結果、それではと、奥さんに話を向けた。
「子供たちがディズニーランドへ行きたいと言っているが、どうしようかね」
「フランスは素晴らしいところですから、是非いらしたら良いですと」私は二人の話がフランスの観光に及んでいることを知って、男に英語で話しかけた。
「子供さんたちには、ディズニーランドが楽しくて良いでしょうね。それにフランスには、エッフェル塔やセーヌ川の観光もあるし、パリで二、三日過ごすのは良い考えだと思いますよ。大人はシャンゼリゼやレストランなど、すばらしい所がいっぱいありますからね」
妻が親しく話していた日本人が話に加わり、自分も会話の仲間に入れてもらった。髭の旦那は嬉しそうに、パリの様子を私にあれこれ尋ねた。奥さんも交えて大人三人と、七人の子供たちが、皆でパリ行きの話題に花を咲かせた。
目的地のミュンヘンが近づいてきた。
コンパートメントの中の女は、男の執拗な愛撫にうっとりとして、焦点の定まらない不気味な目つきで、中空を眺めている。
席を外していたもう一人の女性が戻って来た。短い旅の長い空席だったが、彼女は慌ただしく荷物を纏めると、無言で出口へ向った。
別の黒いスカーフのアラブの女が戻ってきて、連れの美人の女に笑いかけ、意味ありげに肘を突ついた。
「一人でハビビと話していて、楽しかったでしょう。旦那さんが焼きもちをやいていたわよ」
「…この日本人はハビビというよりは、ハッジ(経験豊かな長老)ではないかしら」当惑したように、女が無言で私を眺めた。

楽しい旅の時間は、瞬く間に過ぎた。
キリスト教文明のヨーロッパ人、イスラム文明のアラブ人、それに神仏混淆宗教の日本人、三つの異なった文明を背景にした客たちは、"文明の衝突"を起こすことなく、列車は無事にミュンヘン駅に滑り込んだ。
"文明とはたがいに敵対しないで、無関心であり、また無関心に苛立つかわりに、微笑するところに成り立つ。そして、平和と文明の危機を救うには、ユーモアの精神が必要だ"私はアンドレ・モロアの言った言葉を思い出す。
楽しい会話を楽しんだ私たちは、別れが辛く感じられた。
大きな瞳でじっと私を見つめて、美しいアラビアの女が言った。
「ほんとうに楽しい一時でした。お気をつけて、楽しい旅を祈ります」
子供たちも、席を立って準備を始めた。
「マアッサラーマ(さようなら)、お元気で、楽しい旅を」
私はザックを持ち上げると、一人ホームへ降り立った。

UpBackHome

この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。

Copyright© Polyglot Plaza 1997. All Right Reserved.
Updated February 28, 2002