都会に住んでいると時々無性に海が見たくなることがある。そんな時は渥美半島の東海岸線から、果てしなく広がる太平洋を眺める。遠くに遠州灘を望み、海の彼方から絶え間なく荒波が打ち寄せてくる。この海岸線に沿って走るサイクリングロードがあり、海を眺めながら自転車で走る。

細く太平洋に突き出た半島の東側に、遠浅の白い砂浜の恋路が浜という海岸がある。ここには波に乗って流れ着いた流木や様々な漂流物が打ち寄せられる。

ある日のこと、一人の若者がこの浜を散歩していると浜に打ち上げられた一個の椰子の実があった。彼はこの椰子のみを拾い上げ、遠い見知らぬ南方の島から流れてきた椰子の実の起源に思いをはせた。ひょっとして日本人の祖先もこの椰子の実のように、南方の島から、この地に漂流してきて住み着いたのではないか、と想像した。青年は後日、日本民俗学の礎を築いた柳田国男であり、日本人の祖先が黒潮にのってやってきたという日本人起源説は、晩年の著作である「海上の道」として完成された。

「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」とうたわれた島崎藤村の詩「椰子の実」は、若き日の藤村が友人の柳田から聞いたこのエピソードをもとに作詞したものだと言われる。

渥美半島には古代縄文時代の人骨がたくさん発掘されている。一方でつい最近、多数の中国からの密航者が赤羽港で検挙された。時代が変わり状況は異なるが、海を隔てて未知の土地にやってくる生物として人間の習性は変わらない。

海から発生した生物が進化し、人類となり、海を隔てた未知の土地に憧れて移住、繁殖する。生物は死んで元素に帰る。そして海の中からまた生物の一部として再生する。

海は人類やすべての生物の偉大な母である。人が海にあこがれるのはこんな本能によるものだろうか。

多明功、97/7/19

 

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Updated February 28, 2002