シリアの首都のダマスカスに居た頃、わが家へは、中東の旅の途中でいろいろな人達が立ち寄ってきた。当時のシリアは中東戦争の最中だった。
この国の古都のアレッポに住んでいるGさんは、現地では顔の利く実力者だ。考古学者やいろんな訪問者を案内した後、仕事が一段落すると、この遠来の客をわが家に連れてきた。妻が得意な日本料理でもてなし、内助の功を発揮した。
懐かしい味噌汁の匂いが立ち上り、野菜の煮付けや醤油味の魚の煮物、少し癖があるがまあイケる米のご飯と、たちまちフルコースの日本料理が出来上がる。
S大学のM教授は仕事柄この地へは時々やってきた。今回は奥さんと一緒で、わが家に立ち寄った。旅に疲れた夫人は久しぶりに寛ぎ、日本人の女性と会え嬉しそうに話していた。待望の日本料理にありつくと、「ああ懐かしいこの味」と長い旅の疲れも吹き飛んだようで、夫人も感激していた。「ここは“砂漠のオアシス”ですね」と夫人が呟いた。
しばらくしたある日、北海道産の大きな鮭が届いた。外地ではめったに食べられないご馳走だった。
私達が技術協力のため、この国に赴任した当時は夏の盛りだった。ダマスカスは産油国の金持ち達の避暑地となり、良いホテルは全て満杯だ。やっと見つかった汚いホテルで一時過ごすことになった。妊娠中の家内は、オリーブ油のこってり利いたアラブ料理の食べ物に苦労した。
やがて秋になると、避暑客達も国に帰り、適当なアパートが見つかった。ベランダからは、旧約聖書の「エデンの園」と言われる、グータの森の青々とした森が見渡せた。
春がやってきて、この森のモシモシと言うアンズの花が咲き乱れる頃、妻は元気な男の子を出産した。
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