アメリカの酪農場を視察旅行したある日、週末をミネソタ州のミネアポリスで過ごすことになった。私達が泊まったホテルの前には小さな湖があり、岸辺には散歩道が作られていた。陸にある木々の下では、野生の大鴨が、近づく人を恐れもせずのんびりと歩いていた。
近くのセント・ポール市に知人の宣教師が住んでいることを思い出し、手帳にある住所を見つけた。
借りておいた車はフォードのムスタングだ。ハイウェイを走ると、車のシートがしっかりと私の背中に密着し、シートベルトをした運転席では急カーブを難なく切れた。
ミネアポリス市街が近づくと、特徴のある三角屋根の青い高層ビルが、秀でて太陽を浴びて輝いてた。公園の湖畔では、週末の散策を楽しむ人がちらほら見られた。ここではインディアン・サマーと呼ばれる紅葉の美しい初秋がすでに始まっていた。
木々は鮮やかな黄色と橙色と所々に真っ赤な紅葉で飾り、湖畔の散歩道は落葉が歩く人の足踏みを柔らかくしていた。
市街に通じる出口を通り過ぎると、やがてスポーツ・スタジアムの巨大なドームが左手に見えた。ミネソタ大学農学部を目印にしてハイウェイを降り、古びた製材所の工場跡を通り、大学付属農場の北側を左折すると、目指すテイタム通りがあった。
二十軒ほどの中流の住宅が並ぶ一角があり、週末の静かな景色の中には人影はなかった。車を徐行しながら郵便受けの表札を確認した。薄黄色のペンキ塗りのガレージと母屋の平屋があった。良く手入れの整った庭の片隅に、腰の高さ程の小さな石灯篭があった。間違いなく、マッカートニーさんの家だ。
呼び鈴を押した。左の窓の内側で人の動く様子が感じられた。人が壁に沿ってゆっくりと玄関に近づいてくるようだった。も
う七十才を超した老人は、元気だが視力が衰えて殆ど半盲目の状態だと聞いていた。
「どなたですか」
覚えのある男の声がした。
「僕ですけど…、日本から来ました…」
「僕? 日本から来たって、どの僕だろう…」
彼は内側の網戸を音を軋ませて開き、外側の扉の錠を苛立たしそうに外しながら、だが声を弾ませ尋ねた。朧げながらみえる扉の前に立つ彫像に手を伸ばして、頭の形をなぞりながら、この悪戯好きな奴はいったい誰だろう、と走馬灯のように流れる記憶を辿りながら確かめていた。
「…いったい誰だい?」
「トミオカですよ、先生」
この僅か数秒の悪戯が、十数年滞在した日本での思い出を一巡りし、二人の長い間の親交が蘇えった。
「トミオカ…。ああ、ヤスナリさん?」
日本語で私のファーストネームを叫んだ。何千人もの日本人学生の中でも一際個性的な教え子だったのだろう。
老人は、今は中年になったこの小柄な訪問者を、堅く胸に抱きしめた。二人はもう十年以上会っていない。髪は薄くかっての金髪は白く変わり、視点が定かでない目には光るものがあった。詩人だった奥さんはもう大分前に亡くなり、年取った姉と二人で質素な年金暮らしをしている。
この宣教師に会ったのは、私が大学の三年の時だった。街のルーテル教会で英会話を無料で教えてくれると聞いて、ある木曜日の夕方このバイブル・クラスに出かけた。背が高く気品に満ちた顔立ちの彼は、新入の私を暖かく迎えてくれた。
クラスではこの先生を中心にして椅子を円形に配置して、七八人の学生がいた。聖書を分かりやすく解説し、イエス・キリストについて語り、英語の上手な学生が日本語に逐次通訳した。彼は美しい声で朗々と讃美歌を唄った。歌の好きな私も、自慢のバリトンで大きく唄った。
静けき河の岸辺を、過ぎゆく時にも
浮き悩みの荒海を、渡りゆく折りにも
こころ安し、神によりて安し
夕べの祈りに頭を垂れる時、私達の心は静かになった。私は感動して出てくる唾を、音を立てない様に注意しながら飲み込んだ。
その後毎週木曜日の夕方は必ずこのクラスに通った。宣教師が説明する聖書にあるイエスの言葉は、当時悩みの多かった私には、砂地に液体が染み込むように多彩な色を付けて染み込んだ。希望、信仰、愛情、そして残る一は葉は幸、と四つ葉のクローバの歌にあるように・・・。
やがて英会話も上達し、クラスでは先生の説教の通訳をするようになった。
翌年の夏、彼が私にワークキャンプに参加することを勧めた。夏休みは授業をサボらずに生活費を稼ぐ大切な機会だ。その上キャンプでは旅費や参加費も必要だ。貧乏学生の身でどうして奉仕活動など出来るだろうかと、悩み、迷った。「貧者の一灯」こそ尊い、と言う聖書の教えがぐっと胸に痞えた。一旦決断すると、生活費のことも、アルバイトのことも気にしなくなった。秘蔵のラジオと布団を質にいれて、費用を捻出した。
翌年、仲間と一緒に奔走し、この南九州の都市で超党派のキリスト教徒のワークキャンプを開催した。十日間のこの活動に三十人の若者が参加し、精薄児の施設の運動場造りに汗を流した。市内の教会からは牧師が交替で夕方のお勤めに協力してくれた。
その後、ミネアポリスに行く機会が度々あり、私は必ずこの年老いた宣教師の姉弟を訪ねた。日曜日には、ミネソタ大学の横にあるルーテル教会で、一緒に礼拝に参列した。お昼は二人のお気に入りで老人優待のカフェテリアに招待し、好きな料理を満腹になるまでご馳走した。
|
Copyright© Polyglot
Plaza 1997. All Right Reserved. |