小国の宿命

 

カンボジアのコンポンチャム州に日本の経済援助で設立された日・カ友好畜産センターの開所式が行われた時のことである。 プノンペンから空路ヘリコプターで到着した国家元首のシハヌーク殿下は、臨時に造成されたヘリポートに降り立った。会場のセンターまでの三百メートルほどの沿道は、元首を一目見ようと人々が地にひざまずいて跪拝の姿勢をとって待っていた。

殿下が近づくと、人々は合掌し、一斉に「わが父!」と叫び、この国の現人神に触れもらいたい一念で、争って手を差し出した。殿下は群集に笑顔で、「わが子供達よ!」と応え、枯れた皺だらけの農民の手を暖かく一人ずつ握り締めた。人々はこの身に余る光栄に随喜の涙を流した。

式典が始まり、殿下の得意で雄弁な演説が始まった。最初はフランス語で日本の援助に対する感謝を述べた後、勢いのついた殿下はカンボジア語で米国のベトナム戦争批判に及び、一時間程まくしたてた。群集は、この演説に一斉に賛同の拍手を送った。

元首の右後には腹心部下のロンノル将軍が、軍服姿で立っていた。

カンボジアは一九四五年、日本軍の後ろ盾の下に、いったんフランスの植民地支配を脱したが、日本の敗戦と共に元の植民地支配に戻った。一九五三年、ようやく独立を達成し、シハヌーク殿下が王位に就き平和な時代が続いた。

一九七0年、シハヌーク殿下がソ連と中国訪問に向かった時、親米派のロンノル将軍が、政権を奪い取るクーデタを起こした。その後この国は二十年に渡る泥沼の内戦を繰り返し、人民の大虐殺が行われた。

フランスの植民地から脱したこの小国は、またもや大国の代理戦争の舞台に利用され、悲劇の国王シハヌーク殿下の努力にも関わらず無残に荒れ果て、世界最貧国に陥ってしまった。哀れな小国の宿命を感じる。

 

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Updated February 28, 2002