呑舟の魚

 

二年続きの冷害のため穀物が不足したソ連が、米国の大手穀物会社のカーギル社から大量の穀物を秘密裏に買い占めた。世界的に穀物が不足を来たし、シカゴ飼料穀物相場が一気に高騰した。この煽りをもろにうけて、日本でも飼料価格が高騰したため、畜産関連の会社の倒産が相次いだ。

石油危機の直後でもあり、資源を海外に依存する日本経済の脆弱さが露呈し、日本は沈没するのではないかと、悲観論が蔓延していた。自分も命を懸けて本物の仕事をしなければならない、憂国の至情に燃えていた青年Tは、それまでの安定した会社の地位を後にして浪人になると、諸国の山々をさ迷い歩いた。

そんな折りに、彼は養鶏の生産会社の人材募集の知らせをうけ、社長に会った。
「この不況を乗り切るためにいま必死の努力をしているのです。」
名門の家系の出身で、長身で痩せた初老の社長は、開襟シャツを着けていたが、清潔な水色のズボンに繕ってあった。

「ロカルインテグレータもこの際生産原料の取り込み、流通まで進出し、経営形態の抜本的な変革を行う垂直統合が不可欠でしょうね。」
と青年は応えた。

養鶏の生産農場を結集して生産団体として成長したインエグレータは、高度成長に合わせてそれまで順調に発展していた。しかし雛の生産、採卵やブライラーの生産と処理を行うこういった団体は、生産費の60%を占める飼料を購入していた。生産段階での経営の安定を図るためには、この飼料を取り込み、生産物には付加価値を高めるために直接販売まで行う経営形態への変革が必要だというわけだ。

終戦後まもなく焼け跡から立ち上がり、苦労して育て上げた生産基盤は一朝一夕には出来上がるものではない。社長は一国一城の主として、今更大企業の傘下に入り一介の雇われ経営者に身を落すような屈辱には耐えられない。それに農家の独立不羈の精神があってこそ動物を扱う産業の優れた生産性が維持されるのではないか。なんとしてもこの経営危機を乗り越えねばならない。淡々と語るこの経営者には、哲学者の風格があった。
意気投合したTは、この会社の命運を掛けた経営改善に乗り出すことになった。
飼料の輸入は関税定率法という法律の下に、全農と大手資本が独占しおり、中小の生産者の段階では参入の余地がなかった。また飼料の配合設計は飼料会社の企業秘密で、学会は不毛の理論を振り回すだけで、実学としての飼料学はこの国にはなかった。だが栄養学や飼料原料に関する知識と経験の必要なこの分野へは素人が手付けるのは容易なことではない。先ずこの牙城を崩さねばならない。

早速、試験農場を活用して飼料の配合設計の試験研究に着手することになった。何か良い手がかりはないかと地元の大学の研究室に訪ねて、気鋭の講師に相談すると、彼は憫笑するような眼差しで眺め、素人の出来ることではないからやめなさい、と常識的な頼りのない返事しか返ってこなかった。Tは改めて大学の無知と無能に呆れ果てた。

Tは、家禽栄養学世界的な名著として知られる米国コーネル大学、M.L.スコット博士の著書で、限定出版の「The Nutrition of the Chicken」が日本に7冊だけある事を思い出した。彼は東京に飛び、国立研究所の見慣れた書棚を探したが、貸し出し中なのかこの本が見当たらなかった。
一方で、飼料を依託配合するためには飼料原料を入手しなくてならなかった。そこで原料の輸入を手掛けるため、社長は中国の国家主席に手紙を書いた。弱小の農家の団体が大手資本に対抗して農業経営に当たっている苦境を述べ、閣下のご理解とご協力をいただきたいと陳述した。
ふとした事から、それほど遠くない他社で生産管理部長をしていたK氏を紹介された。畜産関係の数々の著書があり、以前大手の飼料会社の工場長をしていた彼が偶然にもこのスコットの著書の一冊を持っていた。

この原書を借り受けると、Tは理論構築のため研究の農場での大規模な試験を繰り返した。地獄の底を這うような苦しく、孤独な日々が続いた。会社は累積赤字のため、全資産は抵当に取られて、次第に資金繰りが底を突いてきた。


間もなく飼料の配合設計が出来上った。そして中国から300tのトウモロコシが到着した。
暗く、長い、不況のトンネルを抜けると、会社は瞬く間に赤字を解消し、苦労を共にした千人の従業員にボーナスまで支給した。
陰ながらこの無手勝流の挑戦を眺めながら声援を送っていたK氏が、祝杯を傾けて言った。
「あんたは呑舟の魚じゃ」
業界はこの会社の優れた企業戦略に挙って追従し、垂直統合が進んでいった。産業構造は次第に変化しすると共に、畜産物の自由化に備えた国際競争力を備えていった。
その後、錦江湾でしばらく遊泳したこの魚は、また荒波の大洋へと旅立って行った。


呑舟之魚不泳枝流(呑舟の魚は支流に泳がず) 列子

 

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Updated February 28, 2002