最近あちこちで外人を見かける事が多くなった。ローカル線の名鉄電車でも必ず一人は出っくわす。もっとも一見してそれと分かるのは、アジア系以外の国の人のことで、最近の韓国や中国系の人達は、日本人と区別がつかないことがあり、街角ですれ違いに聞く言葉で始めて分かる。
そんな外国人が紙切れや地図を片手に困ったようにしている時には、私は迷わず声をかける。目が合って、縋るような顔つきでいる相手を見て、その人の国籍を想像し、英語かスペイン語で話し掛ける。
ボランティアの善意通訳を始めて、もう二十年以上になる。南米系の人達はあまり英語が分からないが、スペイン語であればポルトガル語のブラジルの人達も大体分かるようだ。アジア系の人は、簡単な英語か、中国語の筆談で通じる事もある。片言の日本語がわかれば、断片的な単語から想像し、相手の意向を判断できる。
鹿児島に住んでいた時の事である。街で知り合ったイギリスの青年は自転車で世界一周の旅行をしていた。髪の毛は薄かったが、小柄で、二十代の人懐っこい若者だった。泊まる所を未だ決めていないというので、わが家へ連れてきた。久しぶりの入浴で寛ぎ、溜めていた一杯の洗濯物を風呂で長い時間かけて洗っていた。近所の英語の分かる主婦も交えて賑やかに歓談し、家内の自慢の家庭料理をご馳走した。開聞岳に登りたいというので、あくる日、薩摩半島の南端まで車で行き、一緒に登った。
何ヶ月か経って忘れていた頃に、ひょっこりとこの時のお礼の手紙と、山頂で一緒に撮った写真を送ってきた。
以前、東南アジアをヒッチハイクしたとき、旅先で親切にしてもらった人々のことがいつまでも心に残る。そんな経験もあって、街角で見かける外国人には、微力ながら善意通訳をかって出る事にしている。
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