フランス文化を生んだ現代

 

こころ待ちにしていた「世界の歴史」の発刊が始まった。第一回配本は、樺山紘一著「ルネッサンスと地中海」。中央公論社の創業111年記念出版による、全巻書き下ろしオールカラー全30巻である。美しいカラー写真をちりばめ、現代や過去の日本の生活と歴史の関連で解説があり身近に世界の歴史が楽しめる。読書といえば30年近く専門書やビジネス書に埋没していた私は、いつか落ち着いて世界の歴史をたどりたい、と心の隅では願っていた。そんな時に巡り合った歴史書である。

おりしも名古屋国際センターでフェスティバル・フランスが開催された。樺山紘一さんによる「フランス文化の生んだ現代」の特別講演があった。樺山先生は、フランス文化の生んだ現代として、次の三つをあげ、分かりやすく説明された。

第一に、思想・哲学の庶民性が挙げられる。樺山さんはフランスに留学中に、パリ国立図書館にたびたび通っていた。そこに有名な哲学者ミシェル・フーコーが、毎日通ってきていた。一般学生や留学生に混じって、フーコーも同じように、読書思索し、彼の偉大な哲学の論文を書いていたのだ。サン・ジェルマン・デ・プレのカフェーでは、実存主義哲学者のサルトルも、彼の同伴者で作家のボーボワールと共に、大衆的なカフェでくつろいでいたといわれる。パリは大衆的な場所であり、世界の多くの人々から愛される。フランスは思想・哲学の国であるが、難解な思想も庶民の生活と共にあったのだ。

ヴェルサイユ第二に、フランス人は科学・芸術に対して社会的支援が厚いことである。世界の微生物研究の礎を築いたルイ・パスツールを生んだパリのパスツール研究所は、現在欧州における最高水準の微生物研究所ある。パリはオペラ座やルーブル博物館を初めとして、地方でも身近かに芸術観賞ができる。フランスは芸術を理解し、大切にし、国も地方自治体も文化育成に多大の投資を厭わない。これは国民的な理解があるからである。膨大な予算による国、地方自治体、大企業の芸術・科学に対する理解と支援があるからこそ可能であり、文化・科学を育てる社会的基盤が整っているためである。

第三に、フランスといえば誰でもグルメとファッションの国を思い浮かべるだろうが、実はこれは本来外国から移入したものである。500年前にはフランス料理と言われるものなかったのだ。ルネッサンス時代に、イタリアには既にすばらしい料理があり、フランス王に嫁入りしたカテリーナがイタリア料理をフランスにもたらせたのが、現在のフランス料理の始まりであると言う。ファッションはフランスのピエール・カルダンに代表されると思う人が多いが、彼はイタリア人である。現在のパリファッション界は三宅一生を初めとした日本人や外国人の活躍舞台でもある。絵画で有名なピカソはスペイン人であるがフランスに住み着いた。このように外国人による芸術・文化をうまく取り入れ、寛大に同化してきたのがフランスの文化であると言う。

フランスは世界があこがれる文化の国として知られている。それは、文化を生む基盤を大切にし、生活の一部として文化を楽しむ国民性にあると言える。フランスの思想・哲学、芸術・科学、グルメ・ファッションは、フランスにやってきた人々を同化して初めて成立したのだ。フランスにはフランス革命以来の自由、博愛、平等といった理想主義が市民の中に確かに根付いている。もはや経済的には大国とは言えないフランスが、ときには経済大国であるアメリカや日本の経済中心主義の政治・社会を軽蔑視し、文化の大切さを指摘するのはあながち皮肉だけではない。

また、多くのフランス人が、日本を特異な伝統的文化を持った国として関心を寄せる。フランス文化の中に日本文化の影響を無視することはできない。欧州の行き詰まりに悩むフランスも、政治・社会に大幅なパラダイム・シフトを必要としている。現在の日本ブームはその現われと思われる。インターネットの世界では、フランス語を通じた文化交流が始まっている。インターネットの時代は英語が世界を支配する。そこでフランス語の危機を叫ぶ人々もいる。フランス語は今日まですばらしい世界的な言語遺産を築いてきた。フランス語を用いた文化圏を構築しようではないか、とそんな呼びかけをする人たちがインターネット上でも増えている。

言語は民族のアイデンティティーでもある。便利な時代の到来は大いに歓迎し、残すべき人類の遺産としてのそれぞれの言語は、やはり大切に守っていかなければならない。インターネットによる技術革新は、世界中の言語を身近に習得できる機会をも提供してくれる。英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、日本語…、多言語の世界が広がっていく。 Vivre le francais !

多明功、1997.2.23

 

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Updated February 28, 2002