星の王子さま

 十月に入ると、海外ボランティアの秋の募集があり、テュニジアの案件が気に入って応募した。十二月初めに一次試験の合格通知を受け取ったが、二次試験はフランス語と指定してあった。職務上現地での折衝が必要なためフランス語は上級の試験が課せられる。試験日は中旬にあり、二週間しか猶予がない。短文の和文仏訳に、時事問題と絡めた作文、それにフランス語会話での面接試験がある。

三十年以上も前だがフランス留学の試験を目指して、猛勉をしたことある。しかし、それからはフランス語の試験勉強などはしたことがない。急いでフランス語の文法を復習することにした。普段は聞き流しているNHKのフランス語入門講座を聴きながら、書き取り練習をした。動詞や形容詞の語尾変化は普通会話にはあまり影響しないため、日常会話にはそれほど不自由しなかった。しかし、いざ書いてみると正確な綴りはほとんど忘れているのには驚いた。インターネットからダウンロードしたLe Mondeの新聞記事を精読し、主要な用語と短文を暗記する。
そんなわたしの様子を見て、大学生の娘がCD付きのフランス語の小冊子を貸してくれた。きれいなハード・カバーには、小さな星の上に男の子が一人佇んでいる。サン=テグジュペリの『星の王子さま』だった。夕食後は横になって、コタツに足を突っ込んだままこの物語を聴き、フランス語のヒアリングに耳を慣らせるようにした。

「S'il vous plait !……Dessine-moi un mouton! (ね…羊の絵をかいて!)」と星の王子さまが言った。定期航空便のパイロットをしていた主人公が、アフリカのサハラ砂漠の上空を飛んでいた時にエンジンが故障し、人里から千マイルも離れた砂漠に不時着した。ひとり炎暑の砂漠で修理に当たったが、限られた食糧や水はやがて尽きてしまいそうになった。月夜の砂漠でひたすら修理を続けていると、著者のサン=テグジュペリは星の王子さまにめぐり合い、一緒に星の世界を旅する。
試験に合わせて上京すると、三十年前に海外派遣の講習会で利用した青山一丁目にあるアジア会館に泊まった。翌朝は、歩いて広尾にある試験会場へ行く。今回の募集人員は三百名で、四十歳から六十九歳までの応募者が集まり、中には女性もちらほらと見られた。語学試験に備えて、最後の追いこみのために熱心にノートのメモを学習する白髪の紳士も見かける。待合室で知り合った同年代の男性二人と、近くの食堂で昼食をとりながら、情報交換をする。農業機械が専門のAさんは、三十年前に青年海外協力隊員でアフリカ行ったことがあり、今回はアジアをめざす。国内航路の船長をしていたBさんは、中米の船員教育のポストを希望している。センターの近くには女子大があり、フランス風の瀟洒なカフェがあった。午後の語学試験までの時間をコーヒーの飲みながら、青年時代の夢を蘇らせ、和気あいあいと語り合う。

語学試験は英語の受験者が圧倒的に多い。フランス語とスペイン語は、別の会場で行われ、短文和訳の共通試験の後に、上級試験がある。作文試験の課題は、国際情勢の現状を踏まえて、貴方ができる今一番大切は何かを書きなさいとあった。比較的書きやすいテーマだと思った。グローバリゼーションが問題になっている昨今、先進国と発展途上国との貧富の差は益々開き、南北問題がテロの発生の原因にもなっている。また地球の環境汚染が進む中で豊かな国である日本の役割は大きく、ODAを通じて日本の高齢者が持っている技術経験を現地で供与すれば南北間の緊張緩和に役立つことだろう……。こんな趣旨の文章を綴ると、所定の時間が終わった。

フランス語の面接試験の試験官は、穏やかな中年のフランス人女性だった。設定したいくつかの質問を通して、受験者がどの程度の表現力があるのかを試すものだった。会話は相手のもっている雰囲気によって左右されることが多いが、先ずはこちらからは笑顔で臨み、質問にはできる限りユーモラスを交えて答えることが肝心だ。そうすれば多少の文法的な誤りはあっても、大目に見てくれることだろう。フランス語の会話は、ヒアリングの耳慣らしも効果あってよどみなく弾んだ。

帰りの新幹線の中で何気なくNHKフランス語のテキストを開くと、今週からアラビア語入門講座が始まっているのを目にする。アラビア語習得のいい機会が訪れたと思い、駅に着くと三省堂書店に立ち寄り、ラジオ講座のテキストとアラビア語のCDを買った。今度はアラビア語の文字も覚えようと早速テキストを開いた。

ヨーロッパのバカンスで賑わうテュニジアでは、アラビア語とフランス語の他にドイツ語、イタリア語、スペイン語も広く使われ、多言語を活用する絶好の機会でもある。幾つかの良い前兆が偶然に重なり、幸先の良い年を迎えるような気がする。二十三回忌を済ませたばかりの亡父は、未年で温厚な性格の人だったが、2003年は羊の干支の年だ。きっと、おやじも天から見守っていてくれることだろうと思う。

テュニジア行きが、目前に迫ってくるような実感をうける。
古代に商業都市として栄えたカルタゴは、ローマと戦ったが、三度目の「ポエニ戦争」で終に灰燼に帰した。この豊かな世界文化遺産を留めるテュニジアは、イスラム教圏では最も治安の好くヨーロッパの避暑地として人気が高く、観光立国である。

第二次大戦の最中の1944年、航空隊に復帰したサン=テグジュペリは航空写真による偵察飛行の途中で行方を絶った。彼が"星の王子さま"に遭遇したサハラ砂漠はテュニジアの南に広がる。今なおサン=テグジュペリは永遠に煌く星のように、世界の子供たちの心に輝き続けている。野外調査でサハラ砂漠に出かけ、夕陽の沈むのを眺めながら野営する機会もある。初老の年代になると共に少年時代のことなどが懐かしく感じられ、子供心を取り戻すようになるようだ。満天の星空を眺めていると、"星の王子さま"にも会えるかもしれないと思う。

2002/12/25 Tomingo

UpBackHome

Copyright© Polyglot Plaza 1997. All Right Reserved.
Updated December 7, 2002