入道ガ岳

 

鈴鹿山脈の中央部の山麓にある猿田彦大明神で知られる椿大神社を基点として、入道ガ岳、宮指路岳それに仙ガ岳の登山口がある。入道岳は標高906メートル、鈴鹿山脈の中では千メートルに満たない比較的低い山だが、登り道がなだらかで登りやすく、ゆったりと広い頂上は、坊主頭のようにゆるやかなため山頂でのんびりと休憩しながら、眼下に広がる伊勢平野を俯瞰する見晴らし眺めが楽しめる。

早朝の近鉄名古屋駅に着くと、ありがたいことにこの時間にもう「木の葉寿司」の店が開店しており、弁当のすしを買う。

6時51分発の中川行きの急行に乗り、四日市駅に着く。駅の構内から東口に抜け、まだあまり人気のない交差点を南に渡ると、バス停がある。椿大神社行きのバスは8時10分までない。入道ガ岳のもう一つの登山口である宮妻峡ヒュッテがある宮妻口行きのバスが7時40分にあり、20分ほど待つことにする。

宮妻峡ヒュッテからは、北の頭を経て入道ガ岳に登り、二本松尾根を通って椿大神社に降りれば、これも手ごろなコースだろう。それに椿大神社は建立二千年を記念して新たに建物を改築中であるというから、是非一度訪ねてみたい。

バス停の前にあるベンチに坐り、ぼんやりと人の往来の疎らな早朝の四日市の駅前風景を眺めていると、30 Lほどのリュックを持った短パン姿の青年がやってきた。

「今日はどちらまで行かれますか」と声をかける。

「宮妻口から水沢峠を通って鎌ガ岳へ登り、武平峠に下ります。それから御在所岳に登って、中道を下ろうかとおもいます。そのあとで湯の山で温泉に浸かって、ビールを飲むのが楽しみでして…」

そう言えば、この宮妻峡谷は鎌ガ岳に連なっているのだが、まだ私はこのコースを通って鎌ガ岳に登ったことはない。この感じの良い頑丈な体つきの若者は、山の風景写真を撮るのが趣味だとか。

同じバスにもう一人登山姿のきゃしゃな体つきの中年の女性が乗り合わせた。体育の実習なのか女子中学生が20人ほど乗り込み、賑やかになった。

隣あわせに坐る、私は青年の語る山の写真撮影についての蘊蓄に耳を傾けた。

バスが町外れに差しかかり、中学校のバス停に着くと、女子生徒達が下車し、社内は急に静かになった。バスは茶畑を通り過ぎ、椿大神社へ曲がる道を真っ直ぐ進むとやがて宮妻口のバス停に着いた。

7時40分、登山の案内板を見て登山の経路を確認する。この登山道になれているのか、女性の登山者は一人先を歩いて行く。舗装された車道は登りになり、左側には鬱蒼として木々が繁りその下を渓谷が流れている。途中で、荷物を調整しているところを追いつき、声を掛ける。彼女は鎌ガ岳に登り、そのまま湯の山に下るかこの宮妻に帰るかだという。同じ方角へ向う二人を後にして、渓谷沿いに左手の林道を進む。

宮妻キャンプ場の駐車場で車を止めた大学生らしい7人のパーティが、同じ道を辿ってやってくる。

9時、宮妻峡ヒュッテに着く。ここからヒュッテの横を通り渓流に出る。昨日までの雨で、沢は水の流れが多い。二つ目の沢は石を伝って飛び越えるのには、足元が危なっかしい。前を行く若者が、靴を脱いで沢を渡っている。私も、ここは諦めて靴を脱いで渡ることにした。渓流の水が火照った足を冷やし気持ちが良い。沢を渡ると急な登りとなる。

うぐいすが鳴く林道を抜けると、膝ほどの高さの笹原になる。やがてなだらかな北の頭に着く。道標が四方の登山道を示し、北に鎌ガ岳の尖った姿が見える。南にはもう入道岳の山頂にある高い鳥居が見える。

10時45分、入道ガ岳山頂に到着。なだらかな山頂の笹原の斜面では、あちらこちらに登山者のグループがこのすばらしい山の登頂を果たし、満足そうに寛いでいる。今日は、若いパーティが多く、子供連れも目立つ。すっきりと晴れ渡ったこの山頂からは、伊勢平野が眼下に広がり、遥か四日市の街並、水面の輝いて見える伊勢湾と、遥か対岸の知多半島まで見渡せる。

涼しい風が吹きつける笹原に坐り、昼食にはまだ早いが、持ってきた「木の葉寿司」の稲荷寿司を食べる。心地よく満腹になって横になると、笹原の表面を風がサラサラと通り過ぎる。日差しが暑く感じられるので、帽子で顔を覆い日差しを避けて、シエスタとする。椿大神社への下山にはまだ時間がたっぷりあり、心配ない。一時間ほどうとうとまどろむ。山頂の鳥居の横では、竹竿に着けた白地に青の模様の入った幟が腹をふくらませて元気に泳いでいた。

二本松尾根を通って、椿大神社へ向う下山道を下る。登山道は、枝払いを終わって真っ直ぐに伸びた30メートルほどの高さの杉の林が両側に広がる。山林まで手入れが良く行き届いており、さすがに信仰の社の森だ。

1時、舗装のない車道の上にある小さな沢に着く。荷物を降ろし、清流で顔と腕を洗い、汗を流す。道路を横切って再び登山道を下ると、間もなく真新しい桧造りの椿大神社の社務所横に出る。出産祝いのお払いや祈とうを願う家族連れが十人ほど、境内の神前では神官の祈祷を待っていた。

大杉の立ち並ぶ参道を下ると、交通安全祈願の車が数台並び、若い神官が二人、大きな声で祈祷を唱え、忙しそうに車の順番に合わせてお払いをしていた。

1時のバスは出た後だった。14時11分の次の便まで、バス停の前のレストランでビールを飲んでゆっくりと寛いだ。

ここにはレストランが二軒、記念写真のスタジオ、土産物屋が二三軒立ち並び、祈祷と参拝の人々が絶えず、遠く岩倉市辺りからやってくる人もいた。

今日の散策は、深緑の自然を満喫し、名所の神社を訪れる素晴らしい登山のコースだった。

1998/5/31

 

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Updated February 28, 2002